褒められ好きの大人にしないため
毎日新聞の書評に、こんな記事がありました。
前半は写真の記事をお読み頂くとして。
後半に佐藤さんらしい興味深い意見を述べていますので、抜粋してご紹介します。
[子供を過剰に褒めないという指摘も興味深い。
<トイレトレーニングなどで、できたらご褒美、というのも考えものです。それ自体が目的になってしまうと、ご褒美がないと頑張れない子になってしまうからです。....ほめられること自体がご褒美になり、「褒められたいから何かする」という風に考えるようになるからです>
<トイレトレーニングなどで、できたらご褒美、というのも考えものです。それ自体が目的になってしまうと、ご褒美がないと頑張れない子になってしまうからです。....ほめられること自体がご褒美になり、「褒められたいから何かする」という風に考えるようになるからです>
外務省のエリート官僚には、「褒められるのが好きで、叱られるのが大嫌い」というタイプが多い。それだから、政治家が恫喝と褒賞を使い分けると、外交専門家としての矜恃を捨てて、褒められるために権力者の言うなりになってしまう。将来、子供を褒められ好きの大人にしないためにもこの教育は重要だと思った。]
また、外交、国際政治における社会教育として、個人の固有の価値観を確立することが大事であり、モンテッソーリ教育はそのような大人の教育にも繋がるものだとしています。
「褒められ好きの大人にしないため」
なんかドキッっとする言葉です。
確かに先生方、子供達を賞賛したり、逆に否定したり、とにかく子供達を評することは殆どありません。物腰は温かながらも、淡々としています。私はそれが清々しくて好きなのですが、将来に繋がるこんな意味もあるのですね。
確かに先生方、子供達を賞賛したり、逆に否定したり、とにかく子供達を評することは殆どありません。物腰は温かながらも、淡々としています。私はそれが清々しくて好きなのですが、将来に繋がるこんな意味もあるのですね。
W